川畑静【ビックマン】のプロフィールやパプアニューギニアでの偉業とは?

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パプアニューギニアの川畑静さんは、現地ではビックマンと呼ばれています。川畑静さんのプロフィールやパプアニューギニアでの偉業を調査しました。

川畑静【ビックマン】のプロフィールや生い立ち

  • 生年月日 1926年生まれ
  • 出身地 長崎県佐世保市

川畑静さんは、カメラが好きな人でした。

太平洋戦争開戦後、川畑静さんは、18歳の頃に海軍に志願して人間魚雷の「回天」に配属されました。

戦死者が居る中、1945年の8月に川畑静にも出撃命令が下されました。しかし、その6日前に終戦していました。

川畑静は戦死する事なく、戦争のことを教訓に報道カメラマンになりました。

映画などの制作者として世界を回っていました。現地の女性と結婚しています。

川畑静さんは、人気な報道カメラとしてパプアニューギニアに渡りました。そこでホテルの再建を頼まれることになり、パプアニューギニアに移住しました。

パプアニューギニアでは、とある偉業をしてビックマンと呼ばれるようになりました。

その後、安倍首相と新聞に載るなど、一躍有名人になりました。

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川畑静【ビックマン】のパプアニューギニアでの偉業とは?

ホテル再建を頼まれ、パプアニューギニアに移住した川畑静さん。

私財を使ってパラダイスニューウェワクホテルを再建しました。5000万円という大金を投じましたが、20年で完済したそうです。

当時、ニューギニア島カウプ村では自然しかなく、町というより、村のような感じの土地でした。

その土地を見事に開拓し、初代首相のマイケル・ソマレ氏も育てた人物です。

その他、観光地として発展させ、現地の人々を豊かにしたい偉業を成し遂げました。

72歳の時、アイタぺの大津波が発生しました。実に2000名以上の死者が出た大惨事でした。

そこで川畑静さんは、無料でホテルを提供しました。

その時は、大変喜ばれたそうです。

その後も、日本兵の遺骨探索などの協力をしたことで、安倍首相がパプアニューギニアに訪れた際に、案内役に抜擢され安倍首相と共に、新聞に載りました。

まとめ

川畑静さんは、戦争経験者でもあり、パプアニューギニアではビックマンと呼ばれています。

安倍首相と新聞にも載ったことがあり、安倍首相には日本兵を忘れないでほしいと伝えたそうです。

川畑静さんが今後願うことは、パプアニューギニアの発展だそうです。

しかし、2018年に川畑静さんは、お亡くなりになりました。

ご冥福をお祈りいたします。

最後まで閲覧ありがとうございました!
以上だい吉でした!
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