1986年に起きた三原山噴火の結末は?1万人の脱出方法が驚愕!

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1986年に起きた三原山噴火ではなんと1万人が脱出しました。1986年に起きた三原山噴火の結末や1万人の脱出方法を調査しました。

三原山とは?

東京都の大島町の伊豆大島にある火山です。標高は758mで三原山の噴火は、直近では1950年~1951年に起きた噴火や1986年に起きた噴火が最後で最近は噴火していない。

自殺名所としても有名。

1984年には映画ゴジラのラストシーンに三原山が舞台になるなどした。その2年後に噴火が起きたので話題になった。

展望台や三原神社などがある。

1986年に起きた三原山噴火の1万人の脱出方法が驚愕!

約12年振りの噴火ということもあり、観光客が殺到し、観光客や住民を含めると実に1万人が伊豆大島の三原山近辺に居ました。

噴火は予想を超える規模になりマグマが大量に噴出したり、住宅に向かってマグマが接近していました。

ここまで大規模な噴火は実に500年振りだったです。

本来ならば避難所を探し避難するべきだったのだがそんな暇はなく町長は島にいる1万人を脱出させる方法に出た。

万単位の人間を脱出させるためのマニュアルなどは存在せず、対策本部の素早い対応が脱出の鍵を握っていた。

避難する際は電気が重要だったが発電所が壊れるなどして電気が止まるのを防ぐために所員が熱さに耐えながらも交換作業に取り掛かっていて無事難を逃れた。

1万人を脱出させるためにこの時に集まった船の数は30隻以上(自衛隊・海上保安庁や地元の漁船など)

この時一万人の脱出に目処がたったが様々なトラブルもありあやうく全員を救出できないような感じにもなったが対策本部の迅速な対応によって死者などを出すことなく1万人の脱出を無事成功させた。

この時に重要だった人物は1950年~1951年に起きた三原山での噴火の際に役員として活躍していた秋田さん。

この際は死者や怪我人を出させてしまった苦い経験があり、当時の教訓から1986年に起きた三原山噴火では迅速な対応に一役かってくれた人物である。

この秋田さんは、島全体を知り尽くした男だった。

三原山大噴火から実に13時間40分かけて島に居る約1万人の脱出は死者を出すことなく成功した。

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1986年に起きた三原山噴火の結末

1986年の11月に噴火し、500年振りの大噴火となった。死者無く1万人もの人が脱出できたのも1950年~1951年に起きた三原山での噴火で死者やけが人を出させてしまったことがある意味で良い結果となった。

この噴火が無ければ下手したら1万人の脱出はできず大惨事になっていたことかと思います。

三原山大噴火から約1カ月後に脱出した全員が戻ることが可能になりました。

対策本部で優秀な活躍を見せた秋田さんや発電所で電気が消えるのを必死に防いだ人達は英雄です。

血の馴染むような活動をしたからこそ1万人が無事だったと言えるでしょう。

まとめ

1986年に起きた三原山噴火では予想を超える惨事となり結果的には1万人が島から避難するという前代未聞の脱出劇がありました。

そこには1950年~1951年に起きた三原山での噴火で死者やけが人を出させてしまったことでの過ちを繰り返さないという人々の思いがありました。

最後まで閲覧ありがとうございました!
以上だい吉でした!
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